11月8日(日) 聖書箇所からショートメッセージ

説教

聖書 マタイによる福音書 25章 1~13 節
1「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。 2そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。 3愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。 4賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。 5ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。 6真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。 7そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。 8愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』 9賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』 10愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。 11その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。 12しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。 13だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」

ショートメッセージ

本日の福音書箇所には、「油を用意しなかった」おとめたち、少し表現を変えると「油断してしまった」おとめたちの悲しいお話です。「油断」という言葉は、実際に油を断つというより、「うっかりする」という意味で私たちは使っています。☆でも本日のたとえ話では、愚かなおとめたちはただの「うっかり」では済まされないような状況に陥ってしまいました。油を用意せず、しかも悲しいことに分けてもらえなかったたとえ話から、私たちはイエスとの関係についてもっと深い意味を学んでいるのではないでしょうか。☆花婿にたとえられているイエスとおとめたちにたとえられている私たち一人一人との関係は、他の人から油を分けてもらって取り繕えるような関係ではなく、もっと直接的な関係、深い関係であることをイエスが私たちに語りかけているように思えてきます。