2月28日(日) 主日礼拝 説教「見当ちがい」
福音書 マルコ 8:31~38 (新77)
31それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。 32しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。 33イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」 34それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。 35自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。 36人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。 37自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。 38神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」
この説教を読まれる方に主の憐れみが注がれますように!
私は2010年にアメリカのルーテル教会で牧師となりました。 牧師になっても、3年から5年程度は、新人牧師研修というのがあって、年2回は西海岸地域から30-50人ほど牧師が集まって研修がありました。
最初の研修は、コロラド州のデンバーという都市の中心街のホリデーインで行われました。そして、そのホテルの隣、とてもきらびやかな、デンバーの中心街だったのですが、ネオンサインは女性が踊っているんですね。ダンスホールといえば、聞こえはいいかもしれません。
でも、てっとり早い話が、ストリップ劇場です。 なんで、新人牧師の研修会がストリップ劇場の隣でやって、恥ずかしい。不適切ではないか、そんなことを、私はひそかに考えてしまいました。 今週の聖書箇所の準備をしていて、そこには神の意味があったと思っているのです。 そして、不適切だといったこと、私は見当ちがいをしていたと思っています。
今日与えられている福音書は、イエスが弟子たちに自分は十字架にかかって殺される。しかし、三日後には復活する話をはじめられたところです。 しかし、ペトロは、そんなことがあってはなりませんと言って、イエスをいさめはじめました。
それに対してイエスは、ペトロを「サタンよ引き下がれ」といって叱責されました。 サタンとは、人間を神の思いから逸脱させてようとする力のことです。。そしてそれにしたがって神の思いとは別方向を向いてしまうことを罪と呼んでいます。
ペトロの何が罪だったのでしょう? その時点では、よくわかりません。ペトロが、そのちょっと前に、イエスはメシアですと信仰告白をしたイエスが、十字架にかかってしまって殺される」などという話があってはならない、と考えたことが見当ちがいであると、神の思いにかなっていない罪だと指摘しているのです。
イエスは、ペテロを叱責した後、とても大切なことを述べていると思います。今日はとくに最後の38節にフォーカスしたいと思います。 「神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」 こんな風にかかれています。
「恥じる」ということばが出てますが、ペテロは人間の思いとしては当然で、メシアと仰ぐイエスが十字架にかかって身ぐるみはがされえて殺されるような、そんな恥ずかしい姿になることがあってはならない、と思っていたわけです。
しかし、ペトロの思いは見当`ちがいだったのです。 メシアなる主イエスが、はだかにされて十字架にかかるなんて、それを恥ずかしい、とペトロが思ってしまったことは、神の御心ではなく、恥ずかしいなどと考えてはならなかったのです。
実際問題、イエスは、ご自分が予言されていた通り、そしてペトロが考えた恥ずかしい姿になられたのです。すっぱだかにされて、十字架にかけられ、その普通の人間が考えたら、恥ずかしいという姿になられたことに、多くの恥ずかしい思いをしてしまうこの世の弱きものによりそってくださる神の愛、神の栄光があったのです。
わたしのアメリカの牧師の友人で、こんな方がいます。 母一人で自分を育ててくれた。 小さい時、母といっしょに教会にいっていた時代があるそうですが、かすかにそのことは覚えている程度。
というのは、母親が自分を育てるために、ダンサーの仕事をしていたことが原因で、教会に行けなくなってしまったそうです。 基本、お酒は飲んではいけない、牧師は男性のみ、の教会。酒場で露出度が高いダンサーという仕事は、恥とされ、母は教会に行けなくなってしまいました。
でも母親として、教会には行けないものの、娘の教育を受けさせるために、仕事つづけ、ちゃんと高校は卒業。 そして娘は、中学高校の教育を受ける中で、クリスチャンとして、育ったわけではないのですが、宗教に興味を持ち、学問として宗教を学び、そして大学で宗教を教えるようになったのです。
比較研究しているうちに、母がトラウマになっていた、キリスト教の教会の門をたたいたのです。 5つぐらいの教派の教会を訪ねたそうです。 ほとんどの教会の方々は、やはり、母のような仕事をしている人であったら、排斥されてしまうような雰囲気を感じていたそうです。
でも、十字架の神学にねざす、ルーテル教会に出会い、母親はさけていた、キリスト教会に、もどってくることができたと話していました。
そして、彼女は今は、導かれ、大学で宗教を教えることから牧師になるという歩みをはじめました。 時間はかかりましたが、今は牧師として歩んでいるのです。
世からはどん底と思えるような境遇、恥ずかしいとされてしまうような姿の中に、傷だらけと思われる人生、そのただなかに、あの十字架の主はともに寄り添い、歩んでくださっています。 アーメン (安達均)